自分の健康寿命もせいぜい数年かもしれない。
むしろ以後のがん年齢をどのように生きるのか」と自問するようになり、今後の限られた時間を冷静に見極めることが大切ではなかろうかとの思いをひたすら強めた。
ともかく一時的な不安、恐怖に駆られて、闇雲に治療へと駆け込むようなことが本当のがん治療なのかとためらわざるを得なかった。
要するにがん検診といえども内容・方法・質などそれなりの基本的な考え方、戦略に関して、個人の死生観なども含めた「選択と決断」が問われることが多い。
まして治療ともなれば条件に恵まれて早期発見に成功した例を除けば(実際に再発の場合など)、いかに体内からがん病変を取り除こうと躍起になっても闇雲に排除できる性質のものでもない。
すべからく高齢社会の疾病は加齢に根ざす老化病としての色彩が強く、なくて早期発見の効用が説かれる。
たとえばがん以上に社会的な難病とも目される「認知症」においては、早期診断・早期の手当てにより病気の進行を遅らせることができるとされる。
ただし、完治、軽快が望めるわけではなく、あくまでも早期発見後、その慢性疾患と折り合いをつけて日常生活を維持することが最大の命題である。
この章で考察してきた「がん難民」のような人間疎外を回避するためにも、「がんとの共存」という生き方を深める他はないようにも思われる。
がんと「共存」する第六章「がん撲滅」は可能なのか一○年ほど前、ある雑誌で「病の人間学」なる特集が組まれた際、私は、当時話題になった『患者よ、がんと闘うな』というベストセラーに関して、「がん論争の本当の意味」なる寄稿を求められた。
今をときめくY老孟司先生の一文の次に掲載してもらったのは思えば鼻高々というところだが、その拙文で私が力説したのは以下のような「がんとの共存」というテーゼであった。
「あなたは、これからがんという慢性疾患を死ぬまでコントロールせねばなりません。
そのコントロールの軸は、手術、放射線、内科治療さらに代替療法自然経過(放置)に委ねるといくつもあります。
それぞれに利益と犠牲を伴うのは当然です。
この幅広い選択肢の中から、あなたの生活に照らして無理のない、合理的なものを決められてはいかがでしょうか」というふうに提起して小論を結んだ。
一○年の時を経て、がん体験の当事者、また医師としてささやかな研鎖に踏まえて、がんの手術から自然経過まですべての対応が「医学的なコントロール」という範鳴のことに過ぎない、との思いは確信というまでに深まっている。
いみじくもその雑誌にY老先生は、「社会病」という概念について論考されていたが、まさしくがんは人間のある限り永遠の社会病ということもできる。
一言でいってがんは政治・行政レベルで牧歌的に叫ばれる撲滅可能な疾病ではない。
最近、がんに限らず他の生活習慣病についても「撲滅」といった言葉が安易に使用されているが、およそがん撲滅などというのは社会病理の犯罪を根絶という発想に似ている。
犯罪の撲滅は社会が目指す努力目標とはいえても、人間社会のある限り犯罪の根絶など考えられることではなかろう。
がんは他の生活習慣病、たとえば脳血管障害、心臓血管病と類似する内因性の疾患で、日本のような先進国、ことに超高齢社会にとっては半ば不可避という事実に行き着かざるをえない。
たとえばこの半世紀の疾病構造の変遷を冷静に見るなら、嘗て死因第一位の脳血管疾患による死者が大きく減少してきたのは事実である。
それでもここ一○年の減り方は鈍化して漸減傾向にとどまっている点を看過すべきではなかろう。
その一面で脳血管疾患により医療機関を受診する患者は現在がんより多いにもかかわらず、死亡数は大きく減じてがん死の半分にも及ばない。
こうした死者の急激な減少は特効薬、脳外科による手術法など急性期の劇的な治療に二分法を超えて日本人の二人に一人ががんに確患、三人に一人はがんで死亡とはよく言われることである。
地道な早期検診による高血圧対策等々、日常的な予防が実をあげた好例ともいえる。
その教訓に学ぶなら、がんは「撲滅」することはできないが、中長期的に「減少」させることは可能な疾患なのである。
ところで国会レベルで、政権与党の自民党は新たな「健康長寿社会」を実現するための「健康フロンティア戦略」として、二○○五年度から今後一○年間に、がんの五年生存率を二○%改善すると公約をぶち上げている。
全国的な五生率に関するデータがほとんど存在しないような状況で、この数値目標は国立がんセンターの到達点を漠然と想定してのことなのかもしれない。
けれど、これまで見てきたようにがんによる死亡数は二○年後にはなお二○%以上の増加が予測されており、がんの五生率を八割以上にするという目標がいかに荒唐無稽なものかは歴然としている。
根拠のない非科学的な楽観論は、ことが生命に直結するテーマであるだけに無責任きわまりないというべきであろう。
がんは治る疾病と力説されるようになって久しいけれど、不治というのは当たらないにしても、「治る病気」と言い切ってしまうにはほど遠いと思いいたされる。
これまで日本社会はがん撲滅を唯一無二のスローガンとして掲げ、「治るがん」/「治らないがん」の二分法に則って、治る人を飛躍的に増やすことにより、「治らないがん」が次第に駆逐されていくだろう、といった発想で遮二無二突き進んできたように思われる。
しかも、「治る」とされる胃がんですらいまだ両者が桔抗するような現況で
ある。
もはや「治る/治らない」「根治か/否か」「闘え/闘うな」という従来の二分法の思考で、切除中心の技術一辺倒に対応するという限り、がんの医療の展望は見定めがたいのではなかろうか。
ひとえに「治る」見込みのある患者は治療後五年間、経過観察の名のもと注意深く庇護される。
他方、「治らない再発がん」の患者は、いろいろな症状に苦しみながら「もはや打つ手がない」と劣等患者さながらの扱いである。
こうした優劣医療から根本的な転換を目指さない限り、がん難民を生み出すような医療構造の解消は容易なことではなかろう。
なにしろ再発がん患者の生命の予後、生存(催病)期間はこの一○年間におよそ三倍にもなり、以前と比較にならないほど延長する方向である。
その証左としてがん治療後の生存者数は、短期約一六○万人、長期約二○○万人と、五年間で長短期合わせて七○万人も増加、さらに今後も大きく増加していくと推計されている。
したがって現代医学の力およばず根治不能と診断された場合、やがて訪れる終末期を先送りにする一面を否定することができないにしても、すぐさまターミナル・ケアに依存しなければならない時代ではない。
一見、健康人とほとんど変わるところのない患者の日常に対応していると、もはや「治らないがん」を医学的、社会的に二次的な位置づけに追いやっておくようなことは許されないであろう。
その改善のためには患者自身が自らの病態、病期にかかわる認識を深める必要がある。
つまりがん一般の経過に関して、以下のようにもう少し分かりやすい区分けに整理されるべきではなかろうか。
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